ダンクが考えていること

ダンクのブログです。考えていること、勉強の記録、読んだ本などについて書きます。

日記:僕とおじさん

内容の割に長い(約3000字)ので3行でまとめる


2023年11月26日

13時

高専通学中、5年間、毎朝同じ電車とバスに乗ってたんです。

実家の最寄り駅は1時間に4本通るローカル線の無人駅で、確か6時50分ごろの乗車。

夜ふかし盛りの10代後半には早過ぎる電車で、半分くらい立ったたま寝て乗車を待つ有様でした。

生活を省エネ化すると、ルーチン化するものです。僕は、改札を通り、一つしかないホームに入って左側のベンチ横が定位置と化していました。


4両分の長さのホームには通学時間帯でも合わせて2,30人しか並ばない。
ここで毎朝同じ時間、同じ場所にいると、自然と、話しかける間柄でなくともなんとなく知った顔の人が出てきます。


僕の中でひときわ印象が強かった人がいました。
その人は、いつも僕の隣で電車を待ってたスーツのおじさんでした。

そのおじさんは、見事に前頭から頭頂にかけてはげ散らかしており、また見事な洋梨型肥満の出で立ちです。
風貌を喩えるなら、極めて失礼ながら、ファンタジーの悪徳貴族か種付けおじさんが適任でしょう。

田舎といえば大人の通勤には自家用車を使うもので、学生ばかりが待つ駅でその大柄な体型は少しばかり浮いていると感じました。



僕はそのおじさんと5年間、一緒に電車を待ちました。

盛夏の焦れる日はおじさんの肥えた顔に汗がにじみ、ハンカチで額(から頭頂部)を拭う様子を、(太ってると大変だなぁ、ハゲたくないなぁ)と思いながら。

厳冬の暗い朝はいつもの黒のスーツに真っ黒なコートを纏ってくるのを、(なんでこの人は車で行かないんだろう)と思いながら。



僕は、片道1時間半かかる通学の、早すぎる電車に辟易していました。
それなのに、このおじさんが、通勤、つまりこの先何年もこの早朝に電車に乗ることを思い、一家を守るおじさんへの敬服と自身の将来の境遇に絶望を感じていました。


また、多感かつ失礼なガキながらに、ともすれば性犯罪者に仕立て上げられそうなこのおじさんが痴漢冤罪に巻き込まれたら、真っ先に弁護してやろうと静かに奮起していました。



終ぞ一言も会話することはありませんでしたが、僕はおじさんへの同情からくる、ある種の親愛の情を覚えていた気がします。



僕は、高専5年生になり、普通免許を取って自動車通学に切り替えました。*1

その直前。4年生3月、最後の電車通学の日。


いつものホームのいつもの場所に、学生と並んで立ついつもの太ったおじさんがいて、僕もいつものように眠い目で並んで待ちました。
しかし、内心だけは最後になる電車とバスの通学に少し浮ついていました。


「あの、すみません。僕、この電車で通学するの、今日で最後なんですよ。通勤、頑張ってください。」


言うか?いやいや、言えるわけないし、言わなくてもいい。仮に話したところで、予想される返事なんて、いいとこ、「はぁ、ありがとう?」か、最悪、「誰?」くらいですよね。

結局、そのまま定刻通り来た普通電車に無言で乗りました。そうして何事もなく電車通学は終わりました。




これが、5年半ほど前の出来事。

僕も実家を出て、忌み嫌っていた社会人になっていました。
社会人も5年目になり、学生時代を思い出すことも少しずつ減った気がします。





ところで、今、僕は実家から居住地へ電車で帰ってる途中です。

実家から自宅まで乗換2回、2時間ちょっとの電車道
乗りたかった電車の発車直後で、次発の電車は15分後。
電車移動長くて面倒だなーとか、どこで寄り道しようかなーとか考えながらホームで待ってました。




しばらく待って、電車が来ました。降りる人が7,8人ばかりいたので、降車を待ってから乗車......ッ!?






あの肥満体型!



あの禿げ頭!



あのスーツ!





紛れない、見間違うはずがない、あのおじさんだ!





5年半ぶりに見たはずなのに、記憶の具現の如く、あのときから一切の変容がないおじさん。

彼は、最後に電車から降り、こちらを一瞥することもなく、そのまま歩き去っていきました。




時間にして僅か2秒ほどの出来事ですが、猛烈なノスタルジアに襲われ、また謎の使命感に駆られ、今、特急に揺られながらこの文章を書いています。




今の気持ちはさながら、『君の名は。』で瀧くんと三葉が東京の電車越しに再開するシーンのよう。

登場人物は成人男性とおじさんですが。
結ばれなくてよかった。




17時

この文章を書きながら、電車通学を終えてからというもの、薄情にも、あのおじさんを思い出したことがほぼない気がしてきました。
言わば、私の中では、あのおじさんは、もう存在しないし現れることもない、過去の登場人物になっていたのです。

過去の登場人物であったおじさんを意識した途端、同じようにこれまでに逢った登場人物の一人一人に人生があることも意識せざるを得ず、空恐ろしい気分になりました。





昔から、自分以外の人間に自分と同じように人格があることを、理解はしていてもあまり信じていませんでした。*2

こんな僕に、会話したこともないおじさんは、「無論、俺の人生もあるぞ、俺からしたらお前はただの通りすがりだぞ」

と語りかけてくれるようです。






19時

まあ、この経験をこれから先どう活かす、ということもなく。
なんなら今、夕食を済ませ、帰宅して続きを書いている最中ですが、すでに興奮はほとんど冷めてしまいました。

ですが、

「今日こんなことがあって衝撃を受けたよ、あのときの気持ちは本物だよ」

と、このままでは今日の出来事そのものを忘れ去ってしまうであろう明日の自分に伝えるため、このまま書き切ってしまう次第なのであります。


最後までお読みいただきありがとうございました。

*1:電車バスで片道1時間半かかる通学が40分になった

*2:トゥルーマン・ショーに出てくるエキストラがイメージに近いかも?もちろん人ではあるけど、あくまでも登場人物、みたいな